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左から吉田明世さん、杉山愛さん
左から吉田明世さん、杉山愛さん

人と比べて落ち込んだけれど、二人の人生も見つめ直せた――
不妊治療を経て見えた景色

「不妊・不育は特別なことではない」という認識は、少しずつ広がりを見せています。不妊の検査や治療を受けたことがある(または現在受けている)夫婦は、夫婦全体の18.2%と、5.5組に1組(※1)。国内の生殖補助医療を経た出産の件数は約20年間で増加しており、2019年には全国で60,598人、全新生児の約7%が体外受精等によって誕生しています(※2)。
(※1)国立社会保障・人口問題研究所「2015年社会保障・出生動向基本調査」より
(※2)日本産科婦人科学会雑誌第73巻第9号「令和2年度倫理委員会 登録・調査小委員会報告(2019年分の体外受精・胚移植等の臨床実施成績および2021年7月における登録施設名)」より

不妊の悩みは人それぞれです。努力が妊娠や出産につながると言い切れず、いつまで続けるのか決めるのも難しい問題です。経済的・身体的な負担や仕事との両立の難しさ、年齢からくる焦り、周囲との関係に悩むなど精神的な負担も大きく、さまざまな苦しさが重なりうるのも特徴だといえます。
では、実際に不妊治療を経験した当事者は何に悩み、どう乗り越えてきたのでしょう。40歳のときに体外受精で長男を出産、2021年7月には第二子を出産した元プロテニスプレイヤーの杉山愛さんと、卵巣の疾患を乗り越え18年に30歳で長女を出産し、現在は同じく二児の母となったフリーアナウンサーの吉田明世さんが、お互いの思いを語りました。


妊婦さんを見るのもつらい―—。後ろ向きだった自分を支えてくれた、夫と母

吉田:7月に、長女の心(ここ)ちゃんが生まれたばかりなんですよね。おめでとうございます。


杉山:ありがとうございます。2人目となると育てる側の心の余裕もあり、よく寝てくれる娘なのもあって助かっています。


吉田:お兄ちゃんの悠(ゆう)くんの反応はどうでしたか。


杉山:長男はずっと「弟や妹がほしい!」と言っていたので大喜び。6つ離れているのもあって、僕もお手伝いするんだ、ミルクをあげるんだ!と張り切って世話をしてくれています。


杉山愛さん
杉山愛さん

吉田:その光景、想像するだけで癒やされますね。
うちは3歳の長女と、2020年12月に生まれた長男がいるのですが、コロナ禍で出産期間中の面会ができず、私と離れているうちに娘がかなり不安定になってしまったので、しばらくは娘を優先してケアしています。二人育児の難しさを感じつつも、一人目よりはまだ余裕があると感じています。
愛さんは、悠くんを体外受精で出産されていますが、心ちゃんのときも不妊治療をされていたのでしょうか。


杉山:それが、まさかの自然妊娠だったんです。長男のときが40歳ですでに高齢出産でしたし、不妊治療をまた始めるのはしんどくて。子どもは一人と決めていたので、妊娠が分かったときには「ウソでしょう⁉」と妊娠検査薬を複数回試しました(笑)。


吉田:そうなんですね。二人目不妊の話もよく聞きますし、愛さんのようなケースもある。私も一人目のときは人工授精を試みたことがあり、二人目は自然妊娠と、愛さんに少し似ているんです。妊娠・出産というのは、本当に不思議なものですね。
最初に不妊治療を始められたきっかけは何でしたか。


杉山:結婚したのが引退後の36歳と遅かったので、まずは自分の体を知るために病院の門を叩きました。
治療の必要がないと言われ、タイミング法(※)を始めたらすぐに妊娠したんです。でも、喜んだのもつかの間、6週間で流産してしまって。
流産は一定の割合で起こることは知っていましたし、自分が悪いのではないと頭では分かっていました。でも「仕事を入れすぎたのかな」など、1か月くらいは考えるたびに泣いていました。
(※)妊娠しやすい排卵日を予測して、その日に合わせて性交渉を持つ方法


吉田:どうしても、何が原因なんだろう、と思ってしまいますよね。


吉田明世さん
吉田明世さん

杉山:その後、一度妊娠できたのだから、と前向きに捉えられるようになったのですが、今度はなかなか妊娠できなくて。37歳という年齢の焦りもあり、人工授精(※)へと移行を決めました。私はフリーランスと言いますか、仕事が不定期なので、時間の調整がしやすかったのは大きかったと思います。
でも、4回トライしたのに、まったくかすりもしなかった。手ごたえが感じられないんです。生理が来るたびにがっくりと落ち込んで、虚しさだけが積みあがっていきました。
(※)採取した男性の精液を医療機関で処理をしたものを、最も妊娠しやすい時期に、子宮の入り口から管を入れて子宮内へ直接注入する方法。


吉田:妊活のしんどさは、努力した分だけ返ってくるものではない、というところにありますよね。私も当時、「ゴールは全然見当たらないし、いつまでこのマラソンは続くんだろう」と、追い詰められて真っ暗闇の中にいたようでした。


杉山:まさにそうで、4回終えたときには心が疲れきっていました。元アスリートとして、メンタルは強いと周りから思われるのですが、妊活はまったく別物でした。街を歩けば、妊婦さんがやたら目に入ってきてしまって、「なんでこんなにみんな妊娠しているのだろう」と目を背けることもあった。他人の幸せを素直に喜べない自分が嫌で、さらに落ち込んで……。今振り返れば、心が相当荒んでいましたね。


吉田:そう思ってしまうのも、仕方のないことですよね。
その状態から、どうご自身を立て直したのでしょう。


杉山:しばらく妊活をお休みすることにしました。
それまでは長らく競技のパフォーマンスに直結するためのトレーニングを続けてきたのですが、女性らしい体や心に向き合ってみたくなり、体を温める食事を心がけたり、生活パターンを見直してみたりしました。負担にならない程度の、自分の体が心地いいと思えることを日常の中に取り入れていったんです。


吉田:妊活から離れると、またトライしようと戻るのにもパワーが要りそうです。しかも次は体外受精(※)。どう一歩を踏み出しましたか。
(※)一般的には、排卵誘発剤を使って複数の卵子を育て、成熟した複数の卵子を体内から取り出し、同じ容器に精子を入れ、受精卵になったら数日培養して腟から子宮内に胚移植する治療法


杉山:夫の存在、そして母の言葉が大きかったです。
妊活のお休み中も、夫とは、これからの人生のことを毎日のように話していました。
「子どもがいる生活は楽しそうだよね」「でも、夫婦二人でも十分楽しいよ」「楽しみ方が違うだけで、どんな形でも正解かもね」と。
でも、口ではポジティブなことを言っていたけれど、体外受精にはなかなか向き合えなかった。最後に挑戦して成功しなかったら次がない、という恐怖心があったんです。
 夫は、私の葛藤を隣で見ていながら、自分からは「やってみよう」とは言いませんでした。女性の負担が大きいことをよく分かっていたからです。私の母が電話で夫と話しているときに、「愛はなんで体外受精をトライしないの?」と聞かれた夫が「僕から(体外受精を)やってとはさすがに言えないよ」と伝えたことがあったそうです。すると後日、普段は何も聞いてこない母から、電話がかかってきました。
「愛ちゃんらしくないじゃない! やってみてできなかったら、それでいいじゃない」って、いつもの突き抜けた明るさで言ってくれたんです。


杉山愛さん
杉山愛さん

吉田:素敵。愛さんをよく知るお母さまだから言えた言葉ですね。


杉山:その一言にポンと背中を押されて、「何をうじうじ悩んでいたんだろう」と吹っ切れました。
できなかったらそれでいい。でも時間が過ぎたあとに「あのときトライすればよかった」と後悔して苦しむのは嫌だなと思えたんです。
心が決まれば行動は早くて、体外受精専門のクリニックに足を運んでからはとてもスムーズに進み、39歳で妊娠が分かりました。40歳までにできなければあきらめようとゴールを決めていたときでした。


妊活の苦しさは人と比較できないもの。そのまま受け入れてほしい

吉田:私も一人目を授かりたいと妊活していた当時は、妊娠できない焦りや不安で、排卵していく卵子にすら「ごめんなさい」と思っていた。もう少し気楽にやればよかったのに、と今なら思えます。


杉山:20代後半に不妊治療を経験されたというのは、私とはまた違う悩みがありそうです。
TBSテレビで朝の番組を長く担当されていて、お仕事も大変だったのでは。


吉田:深夜1時や2時に起きる生活を8年間続けていて、生理痛が学生時代より酷くなっている感覚がありました。放送後に会社の保健室に駆け込んで寝込んだことも。結婚して子どもがほしいと思うまで、生理痛を和らげるためにピルを飲んでいました。


杉山:生放送でその体調は、本当にしんどいですね。


吉田:生理不順もあったので、結婚後、私も愛さんと同じように、まずは自分の体を知ろうと産婦人科に行きました。問題がないと言われたので、前向きにタイミング法に取り組んでいたのですが、どうも雲行きが怪しい。3か月くらい経ったときには生理が来なくなってしまいました。
その後、セカンドオピニオンで別の病院に行ったとき、自分が「多嚢胞性卵巣症候群」(※)であることを告げられました。
(※)一つの卵巣の中にたくさんの嚢胞(卵胞)ができてしまい、どれも大きくならず排卵が遅れてしまったり排卵しなかったりする疾患。定期的な排卵が起こらないため、無月経や月経不順になったりし、不妊の原因にもなる。


吉田明世さん
吉田明世さん

杉山:もともと生理不順があったのも、一つのサインだったんですね。


吉田:それから、排卵誘発剤によるタイミング法と、人工授精に取り組みました。人工授精は2回やってうまくいかず、次は体外受精にトライしようかと夫と話していたときに、運良く授かることができたんですが、当時の自分は妊活の渦中で生理が来るたびに泣いて、励ましてくれる夫に当たってしまうこともありました。


杉山:不妊治療を経験して思うのは、妊活のつらさは人それぞれで、周りと比べるものではないということです。
私は、見知らぬ妊婦さんを見るのがつらかったけれど、知り合いから「子どもはどうするの?」と聞かれたりすることが、あまりストレスになりませんでした。「ほしいんですけど、できないんですよー! 何かいい方法、知ってます?」なんて逆に聞いたりして。
どんな言葉に傷つくのか、逆に何が励ましになるのかも、人によって違いますよね。


吉田:おっしゃる通りですね。私は20代で妊活を始めたので、周りからは「何をそんなに焦っているの?」「気長に考えなよ」と言われることが多かったんです。今思えばその通りなんですけど、当時は、1か月ごとの排卵期に「このチャンスを逃したら、また時間がなくなる!」とどんどん自分を追い込んでいました。
さらに、たまたま周りの友人で、妊活を始めてすぐに妊娠する方が多くて、「どうして自分だけ……」という気持ちになってしまって。芸能人の妊娠のニュースを見ても、「この方は〇年に結婚されているから、〇か月で授かっている!」と計算までしてしまう。そんな自分が嫌でまた苦しむんです。


杉山:でも、周りの幸せをうまく喜べなかったり、自分だけが取り残されているような気持ちになったりするのって、妊活をされている方は誰もが大なり小なり抱えているんですよね。
だから、それが当たり前、みんなそうなんだと開き直っていいんだと思います。自分を責めないでいいし、他の人と見比べなくてもいい。友人や家族、パートナーに弱音を吐いてもいい。つらいんだから仕方ない!と言えることが大事ですよね。


杉山愛さん
杉山愛さん

吉田:本当にそうですね。
私の場合は姉や友人が先に妊娠したのですが、「大丈夫だよ、いつかタイミングが来るよ」と言われることが苦しくなったりもしました。そのとき、姉が励ましの言葉など何も言わず、私の話をただ聞いてくれたことがうれしかった。あえて声をかけないというのも、一つの優しさかと思います。


杉山:「頑張って」が負担になることもありますからね。


吉田:先ほど、夫婦でたくさん会話を重ねたとおっしゃっていましたが、コミュニケーションを取るときに心がけていたことはありましたか。


杉山:夫は海外育ちで「言いたいことは言葉にしないと分からない」というスタンスの人。空気を読んで察するという概念がないので、何でもとにかく話し合うんです。私も海外での仕事が多かったので、自分の気持ちはちゃんと伝える、というコミュニケーションに慣れていました。そのオープンさがあったから救われていたし、私もうまく発散できたのかもしれない。「夫婦二人でも楽しい」というベースがあったのも、心強かったです。


吉田:分かります。私も、「子どもをつくるために結婚したわけじゃない。できなくても幸せだし、二人で一緒に歩んでいきたい」という夫の言葉には、本当に支えられました。


吉田明世さん
吉田明世さん

杉山:今になって思えば、不妊治療の中で、夫婦で人生を話し合うプロセス自体がとても大切なものだったなと。自分たちを見つめ直すいい時間になったし、もし、治療の結果が今とは違ったものだったとしても、マイナスはなかったと思えます。


吉田:夫婦のどちらかが頑張っても成立しないのが妊活ですから、協力と理解、そのための会話はとても大切ですよね。私の夫は自分の検査にも積極的に行って、常に一緒にやろうというスタンスでいてくれました。私としては、排卵のタイミングで焦りをぶつけすぎず、もう少し前向きで穏やかな気持ちで向き合うべきだったなぁ、と反省するところが多いんですけどね。


杉山:当事者になってみて、弱い自分を発見することはありますよね。
私ももっとメンタルが強いと思っていたのに、こんなに落ち込むんだ、とびっくりしました。妊活は心身ともに疲れ果ててしまうものですし、今だとコロナ禍でリフレッシュしにくいかもしれませんが、自分の心と体をいたわってあげることが大切かなと思います。


妊娠に向けた取り組みがもっと当たり前に、温かい目で見守る社会であったらいい

吉田:妊活しているんだな、と周りから思われるのも苦しいという雰囲気がありますが、「子どもを望んだら妊娠に向けて取り組むことが当たり前」、という空気が日本に広がればいいですよね。


杉山:そうですよね。これだけ女性が活躍しているというなかで、子どもを産み育てるためには女性一人で頑張っても事が前に進みません。産休・育休といった社会の制度や周りの環境だけでなく、温かい目やサポートが必要だなと思います。妊活についてどうサポートできるかというと難しい部分もあるかと思いますが、もう少しでも理解のある社会を作る流れが生まれてほしいですよね。


杉山愛さん
杉山愛さん

吉田:すごく共感します。
あとは、将来的に子どもを望むなら、自分の体に早くから関心を持つ人が増えたらいいなとも思います。私自身、生理不順や生理痛の重さという“体のサイン”があったのに、「薬を飲めばなんとかなる」「2か月に1回くらい来るからいいや」と見過ごしてきました。
生理が始まったタイミングで、自分の体について考える習慣がもっと日本に広がればいいですよね。女性に妊活のことを知ってもらうのはもちろん、学生のころから男性にも教育の機会があればいいのかなと思います。


杉山:そうですね。私は、主にアメリカで活動していた20代後半のときに、周りの選手から「愛、婦人科チェック行っている?」と聞かれたことがあり、「行っていない」と答えたら驚かれました。
結婚をする、しない、子どもがほしい、ほしくないという思いに正解はありません。人によってさまざまで、考えるタイミングも違います。でも、健康診断を定期的にしておくことで、将来の選択肢が生まれ、自分の生き方を自分で選べるようになれたら、それは素敵なことだと思います。


杉山愛さんスタイリスト:ミズグチ クミコ
トップス(レスピーギ)、スカート(DOS DIOSAS)

PROFILE

杉山愛(すぎやま・あい)さん

1975年生まれ、神奈川県出身。元プロテニスプレイヤー。4歳でテニスを始め、17歳から34歳までプロツアーを転戦。グランドスラム女子ダブルスで3度の優勝に輝き、グランドスラムのシングルス連続出場62回は女子歴代1位。2009年に現役を引退し、現在はコメンテーターや解説者として活躍中。


吉田明世(よしだ・あきよ)さん

1988年生まれ、東京都出身。元TBSのアナウンサー。絵本専門士と保育士の資格を持つ。2019年にフリーアナウンサーになり、現在はテレビ番組にとどまらず、ラジオ・イベント・講演会など多彩に活躍。


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