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メイン画像 男性の後ろ姿

「妻だけを病院に行かせたくなかった」 不妊治療に取り組む男性の気持ちとは

子どもを望む夫婦にとって切実なテーマである不妊治療。男性のパートナー側からは、どんな風に見えているでしょうか――。2歳年下の妻と不妊治療を受け、長男を授かったトオルさん(仮名・取材当時43歳)は、治療を受けていく過程で、「あくまでも当事者はふたり」という認識を新たにしたそうです。その体験談を聞きました。


子どもができない理由を知ろうと、妻を病院に誘った

 大手メーカーに勤めるトオルさんは、東京都内在住。34歳のとき、2歳年下の女性と結婚しました。子どもは絶対にほしいと思っていましたが、自分も広告会社に勤める妻も仕事が忙しく、「何となく40歳くらいまでに出来ればいい」と、避妊を続けていたといいます。


 38歳になって、「そろそろ子どもをつくろう」と避妊をやめましたが、半年しても授かりません。トオルさんは思い切って、夫婦で自宅近くの不妊治療のクリニックの門をたたきました。

アンケートを記入する男性

「なぜ子どもができないのか、まずは理由を知りたかった。僕から妻を病院に誘いました。子どもを産む準備をするきっかけになったらいいな、という考えもありました。妻には『検査を受けて、もう子どもは出来ないと言われたら怖い』と不安はあったようです。『大丈夫だよ』と説得しましたが、まさか本格的な不妊治療を受けることになるとは……」


とにかくお金がかかる、でも子どもを授かるなら……

 初めて訪れた不妊治療の専門クリニックでは、不妊治療のステップ、それぞれの成功確率、そして費用についての説明を聞かされました。トオルさんが面食らったのは、「不妊治療はお金がかかる」というシビアな現実でした。


「戸惑いはありましたね。でも、新車を買っても数百万円はかかるし、家やマンションはもっと高い。ただ、人によっては経済的な問題で治療を受けられないだろうと思いました。体外受精などは保険もききませんしね」

青空にかざした手

初めての“精子採取”で感じたこと

 とにもかくにも、不妊治療のスタートを決断。まずは、夫婦ともに生殖機能がうまく働いているかどうかの検査を受けることになりました。トオルさんは一人、病院の専用の個室で精子を採取することに……。


「透明なコップに精子を採って個室から出てチャイムを押すと、小さな受け渡し口が開いて、そこから係員にコップを渡す。最初から最後まで顔は見られないようになっていて、プライバシーには気を遣われていると感じました」


 次に病院に行ったとき、結果を見せられました。精子の量や直進運動率、奇形率などいくつかの指標で評価が告げられましたが、トオルさんにとって意外なものでした。

砂浜に立つ男性

模試でも就活でも測れなかった“精子の偏差値”

「総合点で年齢平均を下回っていて、ショックでした。精子の能力なんて、模試でも就活でも測られなかったじゃないですか。勉強も運動も努力してそれなりに結果を出してきたし、恋愛も人並みに経験してきて、人として、男として、そこそこ自分に自信はあった。それが一気に、人間としての能力が劣っている、みたいな結果を突きつけられて……。僕たちの場合、妻にも生理不順があることは検査でわかったのですが、すぐには結果をのみ込めませんでした」


 それから、病院でもらったアドバイスを元に、長年吸っていたタバコを封印。ほかにも、男性機能を高めると言われることは試してみました。


 「妻も、ホルモンバランスを整えるためにお酒を我慢するとか、規則正しい生活をするなど色々気をつけていた。『自分だけが不妊治療をやっている』と思わせたくなかったので、自分も頑張りました。ただ、これだけやっても、数カ月後に精子の検査で、結果がわずかに改善しただけ。正直、むなしくなりましたね。それでも努力しながら、妊娠のチャンスがある排卵の時期に狙い撃ちで夫婦の営みをする『タイミング法』を続けました。連日というのは、男にとっても結構大変ですよ。でも、なかなか授からなくて……」


腕組をする男性

治療で遅刻しても、会社には言えなかった

 治療を始めてみて驚いたのは、病院の混雑ぶりでした。通っていたクリニックは待合所の椅子にも座れないほど。土日の予約はすぐにいっぱいになるうえに、治療や検査のタイミングも体の状態が優先され、平日にも通院せざるを得ません。トオルさんも妻も、仕事との両立に苦しめられました。


「妻にだけ行かせたくなかったので、通院はほぼ、夫婦で一緒に行っていました。午前7時半くらいに行っても行列が出来ている。もし治療がうまくいかなかったときに変な感じで同情されるのも嫌で、妻も私も会社に治療を受けていることを言っていなかったから、表向きの遅刻の理由を考えるのは大変でしたよ」


 5カ月ほどタイミング法を続けましたが、なかなか結果は出ません。病院は人工授精を勧めてきました。排卵の時期の子宮に、採取した精子を直接注入する治療です。「年齢を考えたら、いずれ人工授精をするなら早くトライしたほうが成功率は高い」と説得されたそうです。


人工授精から体外受精、次々と進んでいく

 人工授精は4回ほど試みましたが、結局、妊娠には至りませんでした。次のステップは、採取した精子と卵子を体外で受精させ、培養してから子宮に戻す体外受精です。予測数値は、1回の成功率が30%くらい。検査代や薬代なども合わせると、費用も高額に思えました。

たくさんのブロック

「この段階であきらめる人や、夫婦げんかになって別れる人までいると聞きました。成功確率も、『そんなに低いの?』と、びっくりするような数字。やはり、年齢の問題もあったようです。でも、自分の中ではすぐに『やる』と決めましたよ。妻も賛成してくれました」


 お金はかかりますが、夫婦で常に結果を待ち続けるようなつらい精神状態から早く脱したいという思いで始めた体外受精。1回目の試みでは、受精した卵を体に戻すことができましたが、着床には至りませんでした。2回目のトライも、同じ結果でした。


当事者は夫婦ふたり。「○○してあげる」という言い方はやめた

「結果を聞いて、そうなのか……と思いましたが、妊娠できなかったことがショックだ、残念だという雰囲気にはしたくなかった。妻には、『体調がいいならば、次いこう』と、前向きに話すようにしていました。


 不妊治療って、誤解を恐れずに言うならば、たいていは男の方が楽なんです。でも、妻は卵子を採取されるときの麻酔注射で痛い思いをするし、ホルモン治療のせいで、性格が変わったのかと思うくらいイライラして、不機嫌になる。つらく当たられて理不尽だとは思っても、本当に大変なのは妻。なるべく自分が折れるようにして、妻がやりたいペースに合わせていました。


 あと、『病院についていってあげる』とか、『~してあげる』という言い方は禁句です。治療はあくまで、夫婦ふたりとも当事者なんだと。次の治療をせかすのもNG。『体がつらいのは私なんだからね』と、怒られたこともあります」


赤ちゃんを見下ろす夫婦

できることはして吹っ切れた。その先に訪れた奇跡

 そして3回目の体外受精――ついに、受精卵が着床しました。


「めっちゃうれしかったです。でも、出産まではテンションあげないでおこうと、今度はそっちに気をつけました。以後は不安と期待が混ざった心理状態で日々を過ごしましたが、無事に長男が誕生しました」


 実を言うと、今回の体外受精でダメなら次はやめるか、という話もふたりの間では出ていました。


「できることをすべてやってダメだったら、もうあきらめもつくかなと。どこかで、『子どもができなくても、それはそれで楽しい人生が送れるし、いいじゃん』という考えはありましたね」


 振り返ってみると、ふたりで大変な思いを分かち合い続けて、気持ちも吹っ切れたことで、幸運が舞い降りたのかもしれません。そしていま、トオルさんは子どもの成長を見るのをなによりも幸せに感じています。


※この記事は朝日新聞社が運営しているウェブメディア「telling,」の掲載記事を再編集しました。

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